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【コラム】クルーズファンが『ダイヤモンド・プリンセス』の集団感染について思うこと

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クルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス』での新型コロナウイルス集団感染から半年が経過した。日本のコロナ禍の “幕開け” のような出来事だったが、未だ感染収束のめどは立っていない。

前例のない事態に対応は混乱を極め、国際社会からの批判に国民として苦々しい思いもした。すっかり「クルーズ船はやばい」「諸悪の根源」のようなイメージができたように思う。

8月現在、日本に3船あるクルーズ客船はすべて予定をキャンセルし、運航を停止している。以前の記事でも書かせてもらったのだが、筆者はクルーズが好きで、国内外のいくつかの船に乗ってきた。そんな筆者が最近ダイヤモンド・プリンセスについて、そしてクルーズ船について考えていることを述べたい。

・クルーズ船は危険か?

船内で起きたことについては国立感染症研究所などによる専門的な分析も進んでいるだろうが、現在わかっている「飛沫感染・接触感染」や「3密」の知識に鑑みると、一般的なクルーズ船のリスクは以下のようなものだろう。

基本的に「一期一会」の宿泊施設と違って、クルーズ船は一定のあいだ乗客が生活をともにする「集団生活」になる。

クルー(スタッフ)はもっと深刻で、1度乗船すると、数カ月間は自宅には帰らず船上勤務だ。クルーエリアは船底に近い下層階にあることがほとんどで、相部屋だったり窓が開かなかったりする。密になりやすい生活スタイルだろう。

「食事中の飛沫」がよくないとわかり、陸の飲食店ではパーティション設置や席の間引きなどの対策を講じている。学校給食でも「おしゃべりせずに食べましょう」と教えているという。しかし、そもそもクルーズ船の楽しみ方は逆だ。

とくに欧米の乗客がそうだが「ディナーは社交の場」という考えが強い。知らない乗客との相席を楽しみ、2時間以上もかけて食事をする。食後にはチーズタイムが始まる船もある。メインダイニングでは10人がけなどの大テーブルもざら。

人見知りの筆者が2人がけのテーブルをリクエストして食事をしていたら、英語圏の老紳士から心配されて「こっちへ来ないか」と誘われたこともある。「出会いが楽しいのに、家族だけで食事なんて信じられない」という感覚だろう。

大型客船ではディナーを2回に分けることも多いのだが、後半は20時半スタートとか、日本人ならびっくりしてしまうような遅い時間から始まることもある。食事をしながらおしゃべりするのがなによりも楽しみなのだ。

そしてダンスやパーティの文化。日本船ならいわゆる社交ダンスだし、外国船ならディスコも多い。さすがに踊りながら会話はしないだろうが、運動中のように呼吸が荒くなることはあるだろう。

換気の状況は場所によってだいぶ異なる。バルコニーがある上層階の客室は、壁が1面オープンになるようなイメージで、かなり開放的だ。

一方で水に浮かんでいるという船の構造上、窓がなかったり、あっても「はめごろし」で開かない場所も多い。

かなり珍しいが、窓が水面ぎりぎりにある客室も。部屋のほとんどの部分は水面下に沈んでいる状態だ。大型船ではこのような場所はクルー専用エリアになっているので乗客が宿泊することはないが、小型のリバークルーズ船では客室もある。

もちろん窓は開かない(開いたら危険! 映画『パラサイト 半地下の家族』のようになってしまう)。こういった密閉空間で、どのように外気を循環させるかは課題だ。

いくつかの客船で、いざ感染が起きたとき「どこにも入国できない」という怖さも注目された。このリスクを回避するには、おそらく日本船が鍵になる。

※ちょっとややこしいのだが、ダイヤモンド・プリンセスは英国籍で、運航しているプリンセス・クルーズは米国の企業。いわゆる外国船だ。それに対して日本に船籍がある『飛鳥Ⅱ』『にっぽん丸』『ぱしふぃっくびいなす』の3船を日本船と呼ぶ。

そもそも日本船は乗客のほとんどが日本人という世界でも珍しい運航形態だった(もちろん船内公用語は日本語!)。さらに、日本船は制度上「日本国内だけを周遊するクルーズ」が許される(外国船はできない)。

日本船がどんどん海外へ行く、そして外国船がどんどん日本に来るというグローバル化は、残念だけれど1度考え直す必要がある。日本近海だけを周遊する、短期間のクルーズに立ち返ることになるだろう。さらにいくつかのハード面、ソフト面の大改革を行わなければ、クルーズ業界はたぶん信頼を取り戻せない。

・乗客はわがまま?

悪いことに、当時の報道では待遇に不満を述べる乗客の姿がクローズアップされ、いかにも「クルーズ船の乗客はわがまま」という印象を強めてしまった。

過去記事にも書いたが「クルーズ客船=優雅な豪華客船」というのは誤りで、北米では大衆的なレジャーである。とりわけダイヤモンド・プリンセスは富裕層の船ではなく、どちらかというとカジュアル寄りの雰囲気だ。

クルーズ船に乗っているからではなく、感謝の気持ちがない人、不満を抱きがちな人は「社会に一定の割合でいる」と筆者は思う。

たとえば、とある日本船の話。日本船は独特の歴史と料金体系があり、カジュアル船、プレミアム船といったクラス分けはしないのだが、世界基準でみるとハイクラスだと思って概ね間違いない。

1週間以上の中長期クルーズになると、会社経営の一線を退いた元社長とか、生まれながらの大地主とか、いわゆる富裕層かつ高齢の乗客が多くなる。

そういった人の中には、他人から気遣われ、敬われて当然と思っているような「感じの悪い人」もたしかにいる。乗船経験の少ない乗客を見下したり、クルーをあごで使ったり、とある会場で筆者が席についたら(クルーに案内してもらった正規の席にもかかわらず)後ろから「見えない」と文句をいわれたこともある。

その一方で、控えめで礼儀正しい好々爺といった人が、実は大企業の経営者だった、なんてこともある(このような人は経歴をひけらかさないので、話していてもなかなか気づかない)。

クルーズ船の乗客の中にも、自己中心的な人もいれば、気配りできる謙虚な人もいる。一般社会と同じだと思う。

・平和な世界の縮図だった

クルーズ船は基本的には治安のいい場所だ。外国船での性的暴行事件や、最近問題となる日本の寄港地での(意図的な)失踪など、犯罪の気配がないわけではないが、筆者個人は船内で危険な思いをしたことはない。

いくつか理由があって、第1に船内では財布を持たない。アルコール、ショッピング、エステなどの有料サービスはすべてルームキー(カードキー)が財布代わりで、あとでまとめて精算する。精算時もクレジットカードを選択する人が多いので、多額の現金を持参する人もいない。

なので、どんなに混雑していても船内ではスリやひったくりなどの心配がない。仮に他人のルームキーを盗んでも(本人が部屋に入れないので)すぐに発覚するし、下船したらただのプラスチックのカードなので意味がない。

第2に、複数国を巡るクルーズでは出入国審査のためにパスポートを船に預けることも多く、はっきり身元がわかっている乗客となる。乗下船地もあらかじめ決まっているので、どこで誰が乗ったかを管理できる。カジュアル船では家族連れも多く、子どもが歓迎される雰囲気だ。

人種、国籍、宗教など、背景がまったく異なる他人と肩が触れあうほど近くにいながら、身の危険を感じることがない。自分の隣にいる人はたぶん悪人ではないだろうと信頼する、そして隣にいる人は同じようにこちらを信頼するという相互関係だ。

こんな環境は世界中どこにもないだろう。現実には絶対にありえない偽善なのだが、世界から戦争や対立や貧困がなくなり、平和なユートピアが実現したらこんなんだろうかと思った。

今は家から1歩外に出たら「人に近づかない」「むやみに物に触らない」と緊張して、見えない敵でもいるかのような警戒モードだ。 “ポストコロナ” という言葉もあるが、世界は2度とコロナ前の姿には戻らないのだろうと思う。

・みんな不安

自粛警察や誹謗中傷をはじめ、「日本ってこんな国だったっけ?」と失望してしまうような出来事も目にし、社会全体がピリピリしているのを感じる。かくいう筆者も、ネットに書き込みまではしないが、地元で感染者が出たと聞くと「なんでわざわざそんなとこ行ったの!?」などと自己責任論に傾きがちだ。

こんな風に他人に攻撃的になるのは、誰もが不安だからだ。いつ自分の身に降りかかってくるかと心配で、他人が災厄をもたらす存在に思えてくる。人を気遣ったり、優しくする余裕がなくなってしまう。

クルーズ業界への不信感の払拭にはかなりの困難があるだろう。個人的には誠実に働くクルーをたくさん知っているし、再起を応援したいが、やはり複雑な思いもある。今の状態では「また乗りたい」とは軽々しくいえない。

けれども、いつかまた、隣人を疑うことなく自由に世界を旅できる日がくればいいと切に願う。それが当たり前にできていたことを、今になって懐かしく思うこの頃だ。

※文中の画像はすべてイメージで、ダイヤモンド・プリンセスではありません。

参考リンク:プリンセス・クルーズ国立感染症研究所
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.

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